その言葉の耐えられない軽さ

古来ハワイは書き言葉ではなく
話言葉によって物事を伝えてきた。
その言葉の性質にもとづいて
考えたことをすぐに口にするのではなく、
よく考えてから口にするものと考えてきたと聞く。
いったん口から出た言葉は取り消すことはできない。
自分の外に出ていった言葉は口の中に取り返すことはできなからだ。

最近耳に心地よい言葉はよく聞く。
おおよそ普通の人々の欲だとかを満足させるような言葉だ。

でも、その言葉は往々にしてすぐ取り消され、
約束は果たされることがないこともたくさんある。

だからその軽々しい言葉の中から
本当のことを見出すのは難しいかもしれないが、
私たちはその中から真実を見出す力をつけなければならない。
それは私たちがその軽々しかった(あるいは今も軽々しい)言葉を忘れないで、
その約束が果たされなかったということを記憶していくことが重要な気がする。
それがその真実を見抜く力となるんだから。

ここで書いていることも何言ってるんだ、
なに迂遠なこと言ってるんだと思われるだろう。
抽象的なことばっかり言って、
何言ってるんだろうって。

でもね、

抽象的なことというのは、いますぐに理解できないかもしれないが、
これはまたすごく力のあるものなんだ。
具体的なことはすぐに効力を失うが、
抽象的な概念というのは、それはそれで持続性のある力のある言葉なんだということを
今一度考えてほしい。

そんなことを考えた日曜日。


I was a student with poor English

今ほそぼそながら英語で仕事をしているので
学生時代からずっと英語得意だったんでしょって言われる。
英語好きでしたけど、科目としての英語はとても成績の悪い生徒でした。
赤点ギリギリだったことも多くありました。
高校時代は、学校が数学に力を入れていたので、
数学の苦手な私はそっちに時間を取られて、英語を勉強するということが
全然分かっていませんでした。
英語を使う仕事をしたいなというのは子どものころセサミストリートを見て以来
ひそかな夢でしたけど、
進学のときに英語勉強したいんですけどって言えるぐらいな成績だったらよかったんですが、
とてもとてもとてもそんな英語レベルではなかったので、
哲学科なんていう選択肢にしたわけです。
本当は外国語学科に行きたかったわけですが、そんなこと誰にも言えませんでしたね。
哲学も勉強したい科目ではあったのですが、
消極的な選択ではあったわけです。残念ながらね。

高卒後現役のときは、私立文系大学全滅で(1校だけ補欠合格したんですけど)
浪人一直線。
でも、そんな経験もよかったのかもしれません。
私が浪人したときに出会った地方の予備校の先生ですが、
この方が私の英語に対する学習方法を、それこそコペルニクス的転回を引き起こした人でした。
3年間ただ授業に出るためだけに、やっていたことがぜーんぶ勘違いだったって教えてくれました。
そこからは英語は得意科目に。
おかげで2年目の受験はほとんど全部合格(1校だけ本命大学合格通知後だったので、気が抜けた)
あの1年も無駄じゃなかったなあと思う次第ですが。

それからいろいろあって、今は端くれですが英語のお仕事もできてます。

人生は捨てたもんじゃないし、やっぱりやりたいなと思うことはやったほうがいいっていうことだろうと思いますね。

日々雑感

ねこみたいに生きたいと思ったことはありませんか。

わたしはしょっちゅう思います。
しかもまあ、実際わたしねこみたいに生きてるのかもしれません。(笑)Img_0029


バイトしている先に
多分ショウガイのある女の子が買い物に毎日やってきます。
同じことをしたがるタイプだと思うので
毎日買うものが同じです。
でも、このところ毎日ノートとボールペン(またはシャープペン)を買っていきます。
いくらなんでもこんなにノートとかボールペンはいらんだろうと思うのですが、
声をかけることがなかなかできずにいます。
学校に行ってるのか職場なのか分からないのですけど
いじめられてないといいなあとただ傍観しているだけです。
本当に手助けが必要なのかどうか
情報が少なすぎて何もしてあげられません。

ただ見守っているだけです。

いつもと違うことを言われたら
きっとうろたえちゃうだろうし、
コンビニのおばちゃんにそんなこと言われたいともおもえない。

このところそんなことを気にかけています。

いじめということで今これを書いていると、
NHKで尾木さんがしゃべっていました。
わたしも学校の先生の娘なので
尾木さんの娘さんたちがさまざまに悩んだり
いい子を演じようと苦しかったりしたことが分かります。

自分を生きればいいんだというところまで思えるようになるためには
すごく大変な時間を過ごさないとそういう気持ちになることはできないのかもしれません。

わたしの小学校時代。
素晴らしい先生も感動的なこともまったくありませんでした。
むしろ大変なことのほうが多かったと思います。
最初の担任の先生、まあここでも何度か書きましたが、ものすごい人で、
教室はいわゆる、「崩壊」していました。
体罰も何度も受けました。
教室は毎日が公開処刑場で、
居残りで残された上に、先生に置き去りされて警備員さんに「もう帰りなさい」と言われたこともあります。
さらに、大人の都合で
対立関係にあったわたしの父母へのあてつけで(それは教師間の政治的なことでしたが)
さまざまにいじめに遭いました。
おかげでわたしあまり人のことを信じられないというか
信頼するということがなかなかできない性格であることが分かりました。
この年になってやっと、自分という人間がどういう人間であるか、自分の手に取り返したような気がします。

先日55歳になりました。
もう父より長生きしています。
ふとこれまでの自分を振り返ったりします。
人生はもう半分以上が過ぎてしまいました。(多分)
自分の体もけっこういろいろと傷んだり、持病が出てきたりしています。

体調のわるいときに病院に行ったら、
やせないとやばいことになってるということが分かりました。
で、わたしは今食事制限をしています。もちろん毎日の運動も。
今まで好きなように食べたり飲んだりしていましたが
自制しながら食べるようにしなくちゃいけないんで、
お誘いがあっても外食できないときがあります。
そのときはごめんなさい。

まあこれも人生ですね。


斉藤式

昔飼っていた猫が
先ほど亡くなったそうです。
17歳。老衰。
わたしが飼えなくなってしまったので
ほかの人にお願いした2匹の猫。
1匹はもう何年も前に亡くなったのですが、
もう1匹が先ほどなくなったとお知らせいただきました。
長いあいだ大切に育てていただいてありがとうございました。
斉藤式という猫の年齢の換算方式があるそうですが
それによると96歳だとか。
わたしのそばにはほんの2年ほどでしたけど
きっと幸せな一生だったのだと思います。

虹の橋の向こうにはどんな景色があるのでしょうね。

文月

先日依頼してたメガネができてきた。
遠近と中近の2つ。
メガネをかけてない人にはなかなか理解するのが難しいでしょうが
わたしは遠視で、乱視で、近視。
裸眼の普通の視力検査は0.3
しかも老眼になって目の筋肉の調節が難しくなってきているので
やっかいなレンズを作らないといけない。
20130710_121149


これは今回作った遠近。遠近は通常生活では便利だけど、全視野に対応するために、見える位置に顔を動かさないといけないという難点がある。足元の微妙な段差とか階段、細かな字を見ながら、少し離れたところを見るのにかなり慣れないと難しい。

中近はもう少し見える範囲を狭めてあるけれども、事務仕事しながら、部屋の中ぐらいの視野に対応するようになっている。

それで今回は新しくしなかったけど、パソコン仕事用に2つの近い範囲に焦点を持つ近近タイプも持っているから
3つのメガネを使い分けることになった。

メガネ屋さんに言わせればこれまで全然メガネのお世話になっていないのだから、それはまだ幸運な方だそうだ。


参議院選挙が近いから、よく候補者の主張をみるには、メガネが最強になってよかった?のかな。
この間、仙台方面に行ったけど、まだまだ震災の影響は大きく、そして懸案の原発の問題は何1つ解決していない。それなのに、この方面のことが全く争点になっていないことはちょっと不思議だ。
まあ、争点っていうのは、結局広告代理店の計画に沿っているような気がしているので誰かの作為によって作られるものなんだろう。

それでもきっとわたし投票には行くわ。

ももたろう

先日、鎌倉に友達と出かけました。
浄妙寺というところにあるレストランがおいしいとのとこだったので、
散策がてら、行きました。
レストランではその日のお魚のランチをいただき、
ワインがほしいところでしたが、
帰宅してから仕事があったので、
がまん。。。。


お寺のお庭に猫がいました。
名前はももたろうだそうです。
Momotaro


砂の上でどでーんと、寝てました。

癒されるねえ。

鎌倉のネコ

135


過日、鎌倉に行ったときに、小町通りにいた猫です。
「散歩の達人」の表紙などに乗っているらしいです。有名なのね

にゃんこ大逃走

地下鉄の中に
動物を持ち込んだりする規定ってどうなっているんでしょうか。
盲導犬やら、介助犬ならつれているのに
きちんと訓練されているからいることすら気がつかないこともありますが。
時折、バッグなどに犬やら猫を詰め込んで持ち歩いている人を見かけますよね。
このあいだの日曜のこと
外出先から帰宅途中、電車に乗っておりました。
疲れていたのでうとうとしていましたら、突然猫の叫び声が
見ると、お兄さんのバッグから猫が遁走。
車内を走り回っております。
地下鉄の駅間はおよそ2分くらい。
早く捕まえないと外へ飛び出して行ってしまいます。
ですが、しっぽがまるで竹ぼうきみたいに太くなっていますから
猫も異常に興奮しているようで、
なかなか捕まえることができません。
飼い主のお兄さん手に怪我を負ってしまっていました。
異常な興奮状態にある猫はさすがに獣です。
怖いです。(きっと猫も怖いと思っているはず)
みんなも次の駅までに抑えねばとは思うのですが、
手を出せなくて、はらはらして見ていました。
次の駅のホームに入ってドアが開く直前、なんとか抑えることができました。

お兄さんバツが悪そうに
「みなさん。ご迷惑をおかけしました」と言って
その次の駅で降りて行きました。

猫って独立心が強くて
放っておいても一人で遊んでいるはずなので、
狭いバッグのなかに閉じ込めて、
どうしても連れ歩く必要があったのでしょうか。
犬と違って自分で選ばない環境には
まったくなじまないところがあるので、
できれば電車での移動は猫ちゃんの場合避けたほうがよいのでは?
それにやはり動物専用のかごに入れてほしいものです。

気がつくと、床に点々と猫ちゃんのおしっこが落ちていました。
猫もかなりストレスだったようです。。。。

ひさびさに

新宿2丁目にでかけたら
ねこちゃんたちに会った。

Cat_001
 夕暮れだったので、ちょっとぼけています。

親子なのか、キヨウダイなのか、
よく似た二匹が対面中。。。。

Cat_002

もうすこし進むと、首輪をつけたのもいました。

写真撮らせてね~って言ったら
「早く撮ってね」って感じでしたんで、
あわてて撮りました。

Cat_003


盛り場の
小さなちいさな静寂

山下町公園の猫

山下町公園の猫

横浜中華街にある山下町公園で猫が寝ていた。
まわりは雑踏なのに、そこだけシンとしていた。

秋の気配がした

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