hating to lose

連日暑い日が続きますね。

遠い記憶ですが子どものころは
32度ぐらいで「暑かったね」って言ってた気がしますが
今は40度近い気温。
これをもって温暖化とは言いませんが、
地球環境が変化しているのは確かでしょう。
激しい気象変化の時代なのかもしれません。

リオデジャネイロのオリンピックも連日熱戦の様子が
テレビで伝えられています。
開催が危ぶまれていたので
今まで特に大きな障害もなく
(プールが緑色になったのは驚きましたが)
どうか最後まで無事に終わって欲しいものです。

花形競技だけじゃなく
地道に努力した選手が自分のパフォーマンスをいかんなく発揮できますようにと
祈るばかりです。
Kif_0682
そんな中継のさなか
有名な選手をCM起用している中で
「負けず嫌い」と連呼しているので
ふと、「負けず嫌い」って文法的にちょっとどうなのかしら、語源は何かしらと思いました。
だって、負けないのが嫌いって負けるのが好きって?
これは職業病だとは思うけど
そう思っちゃったらもう調べないといられないので
調べました。

これは諸説あるなかでNHKさんの見解ですが、
明治時代には「負け嫌い」という言葉があって、これが使われていたんですが、
そのほかに「負ける嫌い」というのと「負けじ魂」とがあって
この混用により「負けず嫌い」が使われるようになったということでした。
語調なんかもあるんですかねえ。

学者さんによっても諸説あるようなので
まあいろいろ解釈も変わるようですが、違和感を持った人も結構いたようですね。
(そこで安心するなって言われそうですが(笑))

言葉は生き物ですから、変わっていくのが宿命なんでしょうけど
たまには「あれ、それどうしてそういうふうに使うの?」って調べてみるの、
楽しいですよ。


小林繁さんが亡くなった

突然のことでちょっと驚いた。
小林さんと言えば、江川卓さんとの因縁話が有名だが、
あのときは、小林さんが悲劇のヒーローで
江川さんがその性格からなんだか悪役になってしまった「空白の1日事件」。

プロ野球の選手というのは、プロに入るのに
球団を選べない。
選ぼうとすると、今年のホンダの長野選手のように
何度もドラフトを経なくてはならないというのも
なんだかよい方法はないのとも思う。
一方で、そんなに球団に執着しなくもよいのでは?とも思う。
普通の人が何かの業界に入るのに、
就職試験も受けられないということはないので
なんだか想像のつかない世界だなあと思う。

私は変わり者なので、
世間が江川さんをバッシングしていたときも
なんだか江川さんを応援していた。
プロに入るのが少し遅かった気がするが
それなりにいい投手だったと思う。
ぎゃくに巨人ではなく、
パシフィックのどこかの球団で
じっくり育ててもらったらもう少し活躍できたんじゃないかと思うのは
きっと本人ではないからだろう。

小林さん。まだ50代だった。
全身ナルシズムの権化のようだったので
私の好みではなかったけど
実力はあったので、いい投手だったと思う。
細い体で負けないように
きっとずいぶん練習もしていたんだろうけど
そんなことはおくびにも出さない感じだった。
昔の人はそういう格好よさにも骨があった気がする。

江川さんと小林さんのトレードにしても
最初は金銭でトレードの予定だったと聞く。
それを知らないところで、小林さんのトレードということになってしまったのは
球団同士の駆け引きがあったのかもしれない。
それにしても、強引なやりかたで
2人の若者が背負いきれないものを背負わされたということになってしまった。

江川さんは小林さんのことを「一生背負っていく」と言っていた。
球団は心が痛まないのだろうか。
複雑な心境である。


小林さん、安らかに。

さよなら千代大海

きのうの取り組みをみて
ああ、もうこれで魁皇から引導を渡されたなあと思っていたら
やはり引退してしまったねえ。


ここのところ糖尿病が悪化していたので、
いつ引退してもおかしくなかったけど
お疲れ様と言いたい。

もうあなたの突っ張り相撲は見れないけど
年寄佐ノ山になって後進の指導にあたるそう。
九州を暴れまわっていたころのあなたからは
指導者というのは想像のできないことだけど
そうした経験を生かして
高みを目指せる弟子を指導していってください。

本当にお疲れ様でした。

箱根駅伝と金栗四三

箱根駅伝は、東洋大学の柏原選手の大活躍で終わったが、
この駅伝が日本マラソンの父金栗四三さんの提案ではじまったということを初めて知った。
金栗四三さんは、私の高校の大先輩で、
高校の校庭には、四三さんの銅像が建っている。
四三さんは亡くなるまでよく高校の体育祭にお見えだった。
走るのが好きだったんだろうねえ。
箱根駅伝も長距離の駅伝の練習として
大学生を高低差のあるコースを走らせる意図があったそう。
ひいてはアメリカ大陸横断という野望もあったらしい。
アメリカ大陸とはまた大きな野望だなあ。。。

四三さんは、ストックホルムのオリンピックで、途中棄権したのだが、
これが、途中棄権の連絡が大会本部に行っておらず、途中失踪ということになっていて
昭和42年になって、これを知ったスウェーデンのオリンピック委員会から招待され、
ゴールテープを切るというあじな処遇をうけ
マラソンの最長記録、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3という記録を持っている。

どこかの新聞に
箱根の5区がよければ、あとはどうでもよいのかと書いてあったけど
5区がよくても下りの6区で失速したり、転んだりするかもしれないし
数年前道路を横切る軌道に足を取られて怪我をして選手が
涙の棄権ということもあった。
早ければよいということではくて
コースにぴったりあった選手が
力を尽くす様が感動を呼ぶんじゃないかな。

私は金栗さんの後輩だけど、
走るのは全くだめです。見るだけー

ハンカチ王子~ネットウ甲子園

夏の高校野球の決勝戦が引き分け再試合になった。
別に見ていたわけではない。いつも見ている宮里藍選手の番組を見ようと思ったら
林家三平さんのドラマのせいでずいぶん遅くから始まったので、その前に「スポーツニュース」を見てしまっただけだった。
早稲田実業と駒大苫小牧
(余談だけど駒大苫小牧ってアナウンサー泣かせのことばよね)
ピッチャーでマウンドにたってハンドタオルで顔の汗をぬぐっている選手をうまれてはじめてみた。
これにちなみ彼はハンカチ王子と呼ばれているそうだ。
決勝戦引き分け再試合というといまから37年前三沢高校と松山商業の試合。
よく覚えています。(それだけ歳だってことですけどね)
夏休みで学校のプールに行った帰り、母親とラーメン屋さんでご飯を食べました。
そのプールに入る前からラーメン屋さんでご飯を食べたあとまで、ずっと試合が続いていたことを覚えてます。
「ずいぶん長い試合だなあ」と思ったら、18回までやって決着のつかない試合だったのでした。
試合の内容はほとんど見ていないのですが、三沢の太田幸司投手がいまふうのことばでいうと「ハーフ」で端正な顔立ちをしておられましたね。このへん、今のハンカチ王子に通じるかも知れません。
ああ、もちろん彼はハンカチで顔を拭いたりはしてませんでしたけどね。

ハンカチということで思い出したのが、レスリング競技ではたしか、白のハンカチをユニフォームのしたにいれておかなくてはならないと聞きました。何に使うかは不明ですが、紳士のスポーツだからと昔だれからか聞いたことがあります。今もそうなのでしょうかね。

それはそうと、甲子園で投げすぎてピッチャーとして潰れてしまった選手が多くいます。

決勝線の前の日は1日休みにしてほしいですよね。
せめてナイターにしてやれよって思ってしまいました。なぜに昼の1時なんでしょうね。

こんな日は読書!

私何が嫌いといって
みんなで一緒に何かをするというのが苦手です。
日本中がワールド・カップ応援で盛り上がっているのですが、
何かあの青いシャツを着て(サムライブルーというらしいですね)
TVの前に陣取って。。。。苦手です。
見るならそっと見たいのです。
しかも、ドイツ戦で力尽きたのか、なにやら動きがよくないのを事前にTVで見ていましたから
きっと遅い攻めにイライラするのも嫌なので
本日TVは見ない!と宣言して
読書に勤しんでおりました。

(非国民と呼んでくださってよいですよ。)

サッカーが嫌いなわけではありません。
サッカーで人を魅了するようなプレーを見るのは大好きです。
ですが、なにやら予感めいたものがあって、
これは口にするのも憚られるので
今回ワールド・カップは見ません。

読んだ本は先日なくなられた米原万里さんの「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」と言う本です。
この本を読んで、私は学校時代、特に小学校時代の同級生のことをまったく覚えていないという事実に
突き当たりました。米原さんはお父さんの仕事(共産党の仕事をしていたそうです)で小さい頃、プラハのソビエト学校で過ごされたそうです。そのときの個性豊かな友人とその後の世界情勢の荒波を経て、30年ぶりに再会するというお話でした。外国で、しかもその学校にきている子供たちは世界中から集まってきていたせいなのか、はたまたユニークでひとくせもふたくせもありそうなその個性ゆえなのか、濃密な結びつきをもっているようでした。
それに引き換え、私を振り返ってみて、その頃の友人って思い出そうにも、まったく思い出せないのです。
漫然とすごしていたか、虐められることが多かったから、ほとんど友達もいなかったからか。。。。

うーむ

30年ぶりに会ってみたい友人っていますか?

子供の頃を懐かしく思い出すことありますか?

私はめったにありませんねー

ムンフバト・ダヴァジャルガル

大相撲春場所が終わって
今日新しい大関が誕生した。
白鵬関

2年くらい前にはじめてTVでみたとき、しきりに体重のないことを気にしていた。
相撲で軽量だとなかなか上で取ることができない。
舞の海のように器用だったりしたら
それなりに取ることもできるのだけどね。

その白鵬関を先日千秋楽のときにじっくりみた。
大きくなったなあ~
今152.0kgだそうである。朝青龍よりでかい。
いつのまにそんなに大きくなったのだ~

2年前みたときは、きっと上にあがってくると思ってはいた。
しかしちょっと番付があがると、天狗になったようでなかなかぐーっと伸びてはこなかったけど
ようやっと上がってきたねえ。(しみじみ)

体のないお相撲さんが、稽古して大きくなって上がってくるのはなかなかいいもんである。

入門のとき、一度はあきらめてモンゴルに帰るため空港にいく寸前に拾われたムンフバト・ダヴァジャルガル少年。
お父さんはモンゴル相撲の横綱だけど、彼は殆ど少年時代に相撲の経験がないそうである。
バスケットの選手だったそうだから、身体能力は高いのだろうけどね。

「全身全霊を懸けて努力します」というのが彼の口上だった。

頑張ってほしいな。

WBC

WBCってボクシングの世界大会。。。ではなくて
ワールド・ベースボール・クラッシックなんだって。。。
誰が言い出したのかよく知らないけど、世界大会をするのならぜひクラブチームで世界一を選んでほしいなあ。
そうすると出られない国があるのかしら?
個人的な意見だけど、野球ってチームでやるものでしょう?それこそその国のオールスターを集めてやっても
サッカーなどとは違って、国際試合がそうしょっちゅうあるわけではないし、国でやっているリーグ戦も長い期間拘束されちゃうわけで(シーズン中は週5試合くらいしているわけじゃん。それに140試合くらいはどこもやっているだろうし)無理があるように思うのよね。練習だってリーグの開幕前にちょっとやるだけでしょ。

昨日はアメリカ戦だったようだけど、ちょうど午前中休みだったので、TVをつけたら問題のシーンだったのさ。
審判は絶対だから、判定が一旦決まったら変えようがないのだろうけど、あの審判は問題児の審判だったそうで。(メジャーから降格になった審判らしいし) WBCの運営者はなぜメジャーの審判が使えなかったのだろうね。あと、日本とか韓国の審判もいないし。アメリカではこの大会があまり歓迎されていないように見えてしまうね。ヤンキースのオーナーが怖かったのかな?と余計な想像してしまうよ。

初めてやるにしてはこの大会唐突にはじまったし、準備不足のような気がするのだけど、せっかくいいプレーしているのには水を差さないようにしてほしいもんだよ。まったく。

Never fall down

トリノ・オリンピックで女子フィギュア・スケートのフリー演技が行なわれた。日本の荒川選手が金メダルを取った。
荒川選手を直前のNHKのスペシャル番組で拝見した。ソルトレーク・オリンピックで採点に不正があったために大幅なルール改正が行なわれ、技術レベルの判定が細かくなった。しかもこれでジャンプの得意な選手が有利になったといわれていた。荒川選手はとくにジャンプを得意としていないので、前評判ではメダルは無理と言われていたのに、大会になると一番落ち着いて、大きく見えていたから、「こりゃひょっとすると勝てるのでは?」と思っていた。NHKの番組では自分のやりたいスケートと点数の取れるスケートのハザマで彼女が揺れ動くのが見て取れた。そのために長年指導してきたコーチを去年かえるほどだった。そうして自分の演技で行く!と決めてからは迷いのない演技だったように思う。それが審判にどう評価されようと彼女は自分の美意識に従ったのだ。その意味で十分に自分を表現できたようでとてもよかった。それが金メダルに繋がったのだね。

それはそうと、わが妹(?)イリーナ・スルツカヤ選手。(Ирина Эдуардовна Слуцкая本当はアクセント記号がつくのだけど、表示しないので)。ナマで演技を最初から最後までみたが、いつもの湧き上がるエネルギーが感じられなかった。彼女の演技はいつも完璧で、つけいる隙などまったくなかったはずなのに、オリンピックだから緊張している?まさか?と思っているとなんと転倒!(ありえねー!)
それでもなんとか最後まですべり終えたけど。。。。
彼女のモットー「Never fall down(転ばない)」なんだよね。大舞台には強いと思ってたから、うーんチカラが発揮できていないのかなあ。スルツカヤ選手は自己免疫システムが自分を攻撃してしまうという病気で、いま心臓疾患を抱えているので、すごくたくさんの薬を服用しています。年末くらいからちょっと下り坂だなあとは思ってたんだけどね。それこそ「これも人生(イリーナの口癖だそうです)」とくじけず(Never fall down)に頑張ってほしいなあ。
もう引退する話もでているのだけど、これから先どういう道でもNever fall downでありつづけると信じている。

カーリング面白かった!

長野オリンピックのときから
存在は知ってたけど
ちゃんと見てなかったのを悔やみます。
こんなに面白いスポーツだったのね。

チェスに似たって言われてますけど
私はチェスも将棋も碁もわかんないので
あのストーンをはじいて自分のいいポジションにするというのは
「ビリヤード」に感覚が似ているような気がしてみてました。

ちょっとしたカール(回転をかけることをカールというそうです。それでカーリング)で
カムアラウンドしたり、相手をはじいて自分は止まったり、一緒に外へ流れたり
多彩な技があるんですねえ。。。。勝敗をわけるポイントとかをどう見極めるか
神経戦のようなじりじりしたものもありますけど
力でバーンってけりがつくわけではないので
見ててもすごく面白かったです。

結局準決勝にはいけなかったけど、
面白かったなあ。私が若かったら、絶対カーリングやるな、きっと。(単純だからネ)

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