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2013年2月

田老にて

今回の旅行で
田老に行ってきました。
万里の長城と異名をとる10メートル高の防潮堤がある場所です。
ここ150年で津波の被害を3度も受けているため
この防潮堤ができたとききました。
第一防潮堤と呼ばれる一番町に近いところが全長1,350メートルもあります。
これは町の海側をガードするように建てられています。
これを建設するとき、この外に人家は建てないようにと
この地域の人は誓ったそうです。
でも、時間が経つにつれて、海のそばに漁師さんたちが作業小屋を造り
そのそばで暮すようにもなったので、
あと2つの防潮堤が建設されたということだそうです。20130212_082912


写真がぼけてて申し訳ないですが、この図の赤いラインが第一防潮堤です。

でも、今回行ってみて、
不思議に思ったのが、
最初の防潮堤はよく考えられていて、
町を守るために作られているのですが、
残りの2つはなんだか違う考え方で作られた気がします。
わたしは津波の専門家でもなんでもないし
潮流のこともわかりませんが、
第一防潮堤が海に対して「つ」字型になって、波の襲来をかわす目的にかなっているように見えるのですが、
あと2つが加わって「く」字型になって、波を受ける形になってしまっています。
つまり湾内に流れ込んだ津波エネルギーを町の方に誘導してしまっているのではないかと思えてしかたないのです。

たろう観光ホテルという場所が
つなみの被害をうけながらもまだ立っています。
ここで観光協会の人のお話とDVDを拝見しました。
このホテルのオーナーがホテル6階から撮影されたものです。
そのDVDには津波の第一波が入ったところからが詳細に撮られていましたが、
まず湾内に入った津波は写真の黄色で示してある第三防潮堤の橋にある水門方向へ行き
その防潮堤と水門に跳ね返された波がちょうど第一と第二(青いラインで示してある)のつなぎ目あたりへ押し戻され、湾内に入ってきた第2波とぶつかり合ってそこから町の方へ津波が侵入しました。
ちょうど津波の力が増幅するような配置になってしまったということです。

また観光協会の人の話では、この3つの防潮堤は第一と第三が建設省で
第二防潮堤は水産庁の所管だそうです。
おそらくは予算の都合でしょうが、第二防潮堤は「高潮対策」として建てられたがために
堤防自体がほかの2つに比べて軟弱な作りになっていました。
地元の人も詳しくは知らなかったそうで、破壊されてみて、(第二防潮堤は完全に破壊されていました)
防潮堤の外皮だけがコンクリートで、あとは土が入っていたことに気づいたそうです。Img_0277web
写真は第二防潮堤の残骸です。真ん中右の方を見ると外皮がはがれた金つばのような形になっています。

津波のエネルギーの大きさを考えると、いくら防潮堤を高くするといっても限界があります。
津波を完全に跳ね返すような防潮堤はないと思います。
力学的に津波の持つエネルギーを分散させ、甚大な被害にならないように、
町ではなく人の住んでいない方向にその力を誘導する方法など
専門家のみなさんには検討していただきたいと思った次第でした。

ここでは120名以上の方が亡くなるか、いまだ行方が確認されていないそうです。
遺族の方や、行方を捜しておられる方のお気持ちを考えるととてもつらいのですが、
ご冥福をお祈りします。
行方の分からない方がはやく家族のもとに還れますように。
一刻も早く町が復興できますように。

復興応援レポーター

岩手県のテレビ局などの企画で
「復興応援レポーター」というのがあって、
この週末に岩手県の宮古市、山田町に行ってまいりました。

今日は11日ですから、もう来月であの震災から2年が経とうとしていますね。
東京や神奈川でも帰宅難民や、地震で壊れた建物などもあったのですが、
もう時間の経過とともに、どんどんとそれは昔話にかわりつつあるのかもしれません。
震災直後は津波の被災地や、原発の関係で避難されている方々のために
何かをしなければということで、義援金を出したり復興ボランティアにみんなが出かけたりしていましたね。
でも、最近では「震災義援金」と聞くと
ああ、まだやってるんだと思う自分の反応に、自分で驚いたりしていました。

仕事の関係で、震災復興に携わる方の話をよく聞くことがありました。
今の被災地で必要なものは、もちろんハード的な道や街づくりも大変重要ですけど
経済を回すことなのだということを聞いていました。

そこへ復興応援レポーターという話がまいりました。
わたしの友人が応募していたんです。
三陸応援交流券というのを補助してもらえるツアーだったので
喜んで参加させていただきました。

被災した各地を回って、この困難な状況でも立ち上がろうとする人々に
少しでも応援できたらと。
わたしははっきりいってビンボーです。フリーターですから。
ボランティア活動などでがれきの片付けの手伝いでもできたらいいんですが
その時間もないし、なおかつ気管が弱いので被災直後に入っても
多分足手まといになるだけ。

こんな企画でもなければなかなかそこに行って
買い物することもなかったと思います。

でも、現地に行って、ちょっと考えを改めました。
ここ横浜にいても、東北産のものを買うことはできます。
品物の向こうにあのがんばっている人たちがいるんだと思って
なるべくそういうものを買うようにしようと思います。

被災地はまだまだ復興の途上ですが、観光に行ける方はどんどん行ってください。
本当に復興するまで本当に長い年月が必要です。
それは20年とも言われているくらいハード面が受けた被害は大きいです。
でも、人々は本当に一生懸命、それも誠実に生きておられます。
海水浴などができるように、海水浴場もきれいに片づけられておりました。
東北の産物もなるべく買ってください。
真崎のわかめとか荒巻など
絶品です。

写真は津波被害がひどかった田老の第一堤防と
復興しつつある田老漁協の新巻鮭。鮭が風に揺られていました。Taroh


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