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日本人は忘れっぽいというか

大飯原発が再稼働されて、今出力が最大になりつつありますが、
もうほとんどの人が再稼働問題なんか忘れつつあるんじゃないんでしょうか
それはもう報道されないからかもしれませんが
なんだか自分だけは大丈夫と思っているというか
危ない局面になったときに
自分はなんとなく除外されるようにおもっているせいかもしれません。
それは楽天的というようなレベルではなく
きちんと思考することができなくなりつつあるのかもと
思ったりもします。

そもそも、原発の事故はどうして起こったかというと
わたしは2つのことが言えると思います。
1つは誰かが安全だといったことを信じてしまったこと、あるいは信じようとしてしまったこと
もう1つは、深く考えると、どう考えてもこの核燃料サイクルには、きちんとした終点がないこと、つまりはどこへ捨てるか決まっていないものを将来のつけとして残して、解決されるだろうと楽観したこと。

思い出すと
かつてペットボトルがガラス瓶にとってかわった時代。
ペットボトルの処理をどこが担うべきか
どうやって処理するか決まっていないのに
どんどん製品を作って世に出して、清涼飲料水メーカーは自分たちの社会的責任というものをどう考えるのか、自治体はどういう処理場を作るかもめていた時代でした。
ことはペットボトルでしたから、再生方法や処理方法も時間をかけて行えるようにはなってきました。
でもこれでさえ、本当に解決したって言えるでしょうか。
疑問のあるところではあります。

でも、原発。
原子力のエネルギーを研究したい、これを民生用に利用したらどんなにかすばらしいエネルギーだろうと科学者が考えたのは理解できます。しかし、実際にやってみたら、そのすさまじいエネルギーは近づくこともできないし、そのあとのごみ処理に至っては、ただプールに沈めておくことしかできない現実をやはり素直に認めなくてはならないでしょう。このごみの問題はどこも報道していませんけど、本質的にこの問題がクリアされないと再稼働してごみを増やして、原発そのものよりも、その保存方法で何かトラブルが起きないのか、それがあと何本で限界を迎えるのか、報道されていませんね。報道も、なんとなく原発再稼働やむなしなんて語調ですが、本音のところでは思考停止になっているのかもと思います。
そもそも54基も原発を作ったのは、私の個人的な感想ですから、何も根拠なんかないんですけど
この核のゴミを貯めるために作ったのじゃないかって思うんですね。
そうすると、新しい原発=使用済み核燃料棒の保管庫ということになるので、埋設処理なんかよりずいぶんと手続き上問題が少ないのかもと。ま、これは妄想ですから。

原発反対派のおっしゃられているのもわかりますが、ときに「江戸時代にもどればいい」なんて言うのを見ると
もはや失笑を通り越して、なんでも反対すればいいって問題じゃないとも思います。
日本は江戸時代に戻れますかって聞いてみたいです。
よくものごとは単純化して理解しやすくするというのはありますが、
歴史性を否定することは、その人間が生きてきた時間、いろんな試行錯誤を一度に否定する愚かな行為だとわたしは思います。原発憎けりゃ、電気も文明も憎いってことでしょうか。
江戸時代は下水道もなけりゃ、川で洗濯し、ごみもなにも川に捨ててたんですよ、そんな時代に戻れるんですかってそういう人にはいいたい。
電気がゼロになることはないでしょうけど、たいぶと減って、供給ができないってことになったときのために
いまからいろいろ準備をしなきゃいけないでしょう。
現実問題として、原発は反対ですが、これを安全にすべて停めるための技術も十分でないし、停め続ける知恵も十分じゃない。ごみもどうするか、決めなくちゃいけない。

そういうことを建設的に議論してほしいなと
思うきょうこのごろ。

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コメント

それでも日本人は、原発の再稼働を選んだ。
一億総ざんげへの道。動き出したら止まらない。
この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ、民族の歴史は繰り返す。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).
意思のないところに解決法はない。
意思は未来時制の内容であり、日本語には時制がない。
それで、日本人には意思がなく、解決法が見つけられない。
自然鎮火を待つのみか。

耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もって万世のために太平を開かんと欲す。
座して死を待つか、それとも腹切りするか。
私の父は、玉砕した。何のお役に立てたのかしら。
安らかに眠ってください。過ちは繰り返しますから、、、、

ああしてこうすりゃこうなると、わかっていながらこうなった、、、、、
12歳のメンタリィティには、知恵の深さが見られない。
わかっちゃいるけど やめられない。ア、ホレ、スイスイ、、、、

白く塗られた黒いオオカミの足を見破ることは難しい。
だます人は悪い人。だまされる人は善良な人。おとり捜査は難しい。
この調子では、人の命はいくつあっても足りるものではない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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