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2011年4月

ハインリッヒの法則

ずっと前に
畑村教授のNHKの番組を拝見して、
失敗学という本を買いました。
番組を見ていたので、ぱらぱら読みをしてそのまま放っていた状態でした。
それで、ふと、今回の福島原発の件があったので、
またあらためて読んでみました。

偶然あるいは必然なのかもしれませんが、
三陸地方の津波の件に触れられていました。
「ここより下に家をたてるな」という碑もこの本に取り上げられていました。

原発の危機もある学者が指摘していたと聞き及びます。

でも、人は「自分の生きてるあいだにはそんなことはおこらない」と考えがちです。
そうして問題を先送りにしていると、こうした災害のときに
「想定外」のことがおきるのだと思います。

想定外。それは、問題の本質に本当は気づいていたけど、諸般の事情で
取り組めなかったのよという言い訳です。
きっとどの原発も揺れに対してはいろいろ策を講じていたでしょうけど、
津波や、電源が失われるかもということは考えられなかったというか、
考えたくなかったということでしょう。

表題のハインリッヒの法則は、
災害や事故が起きる際に
重大な災害(事故)1に対して、29の軽微な事故があり、300のヒヤリ、ハットがあるという法則です。
労働災害の経験則といわれています。

問題の福島第一原発に焦点を絞ると、1991年に今回事故を起こした1号機に関して、格納容器の気密試験を行う際に、漏洩率の立合い検査をパスするために、不正な手段を講じて、この検査を合格したという事件を起こしていました。今から、20年ほど前の事件です。これからすいそくすると、どうやら、この格納容器には気密性を保つ、すなわち、放射性物質を封じ込める容器自体にすこし不安のあるものであったということです。
なんせ、検査をごまかして、パスしなくてはならないようなものであったということですから。

1号機の1年間の運転停止という処分は受けています。
現場職員の思いつきとういうことで、それ以上の処分がされたかどうかはわかりませんが、
なにやらそこにかくされたシステム上の不備があったのかもしれません。
結局はこのタイプの格納容器になんらかの気密性に関する欠陥があったのかもしれません。
GEの設計者がこのタイプの原子炉に問題があったことを指摘する記事もどこかにありましたし。

もっとしらべれば、この原子炉に関してたくさんのヒヤリ、ハットがあり、
重大ではないにしろ、気密性に関するなんかしらの問題があるのではないでしょうか。

今回の原因究明がきちんとなされて、何をどう間違ったのかをあきらかにしてもらいたいもんです。

先の中越地震で、柏崎刈羽原発は火災を起こし、微量ながら、海に放射性物質を流しました。
1年も停止して、安全点検をしたのに、福島はどうして電源装置を海側においたままだったんでしょうか。
チリ地震のときの津波にも対応できないくらいのデザインだったんでしょうか。
インドネシアの津波のとき、どうして三陸の津波のことは想像できなかったんでしょうか。
いたずらにパニックをあおる番組はみましたが、
そういう津波と原発を結びつける企画は見たことはありません。

思い返せば、そうやっていくらでも見直す機会を与えられているのに、
見直さなかった。
原発に一抹の不安と、
疑問を抱きながら
電気を使い続けてきたのです。
わたしもその1人です。

先人達がいろんな経験を通じていろんなことを伝えてくれているのに、
本当には向きあわなかった。
さまざまな事故や、災害が教えてくれる、そのメッセージをきちんと受け止めなかった。
それは、日本人全体の問題かもしれません。


こんなときに考える過剰包装

今パートに行ってる食品スーパーで品だし作業をしておりましたら、
サラダ油のキャップが前と違っているのに気がつきました。
以前は、キャップの上に青いカバーが掛かっていたのですが、
これが無くなっていました。
サラダ油は皆さん多分ご存じだと思いますが、
ふたを開けたら、そこに結構固いプラスチック製のプルタブが付いています。
それをあけて使用するわけですが、
それを保護するために、ふた部に薄いプラのカバーがついていたのです。
考えると、これ必要だったんでしょうか。
今売り場で、青いカバーのものと、はずれたものが並んでいます。
震災で包装材の確保が難しくなったとあとから聞きました。

20年ほど前、社員で流通業に従事していたとき、
お客様がすでにカバーがかけてあるものをさらに包装してって言われることが多くありました。
カバーの上にカバーをかけて・・・・なんか変だなとおもいつつも
言われる通りにしておりました。
でも、過剰包装ですよね。

確かに贈答品とか、紙でくるんで、きれいにするというのは1つの文化だと思います。
包装の仕方とか、芸術品のようなものがありますね。

でも、第2の戦後と言われるようなこの時期。
エネルギーや、資源というものにもう少し注意を向ける時期でもある気がします。

震災後、店でも包装材や、ビニールの袋がなかなか入ってこない時期がありました。
エコバッグのお願いを貼りだしても、なかなかそうしてくださるお客様は少ないです。
エコバッグなどの値引きがないからかもしれませんが、
うちのお店の場合、価格をかなり下げて販売しているので、割引にすることがなかなか難しいのかもしれません。
お客様によっては、袋の入れ方にかなり注文のある方もいて、
3つ、4つとお分けしていれて、なおかつ二重にしてなんて注文も。

電気や資源を少なくして生活していくということを
ちょっと今考えていかなくちゃと
わたしは思っています。

どこかの新聞で、飲料水のキャップの規格を統一して出荷するようにしたと書いてありました。
飲料水のキャップを生産する工場もいくつか被災しているようです。
メーカーによっていろいろサイズがあったのも初めて知りました。
キャップの色や形にメーカーのそれぞれの工夫があったのでしょうが、
この際、そこは譲ってもらうってことですね。
ペットボトルなども処理しやすいように、
規格が統一されるといいですね。

震災は大変なことです。
でも、これを機にそういうことも考えていきたいと思います。

余震と電磁波とあんこ食べたい

余震が続いていて、
なかなか落ち着いて仕事ができない状態ですが、
地球が活動期に入ったということなんでしょう。
人がこの地球上に登場してどれくらいが経ったんでしょう。
地球の長い歴史から考えれば、ほんの前なんでしょうかね。
人間が一所懸命考えて、
いろんなものを考えて作ってきたものが、
地球レベルからしたら、ちょっとしたことで壊れてしまうようなものなのかもしれませんね。
ときおり、地球にしたら、人間ちょっと、ここんとこだめじゃんって
駄目だしされているのかもと思わないでもありません。

自分たちがコントロールできないものをこさえて、
あたふた、あたふたしているのを
地球の目線からみたら、どう見えるのでしょうね。

3月11日の震災前、
うちのテレビに雑音(ノイズ)が入るようになりました。近くで鉄塔の工事をしてたので
そのせいかなと思っていました。
でも、夜になってもそれは止まず、
そういう状態が1週間ぐらい続いていました。
ああ、もうテレビ買い替え時期?
でも古くなったテレビの状態って、こういうんだっけ?
色が調製できなくなったり、うつりがぼんやりとかじゃなかったっけ?と
思っているうちにその雑音が消えて、
2-3日して、震災。

そのときはあんまりその関連性について考えていませんでした。
でも、先週の土曜日、またテレビに雑音が。
なんとなくいやな感じがしたので、どっかでまた大きな地震があるのではっていう考えに囚われました。

まあ、これは何らかの科学的な根拠があるわけじゃなく
つぶさに記録を取ってるわけでもないので、
単なる妄想、勘みたいなもので、
それに因果関係があるという断言もできませんが。

土曜の雑音が消えて、月曜にまた大きい地震が。

ネットで検索すると、この因果関係について研究されている方もいるようですが、
なにやら、地殻で動きがあるようだと、電磁波が放出されることがあるそうです。
でも、これはあったりなかったりで、なかなか地震の予知とかには利用できるレベルの話ではないので
これでなんかということじゃありません。

それで、今
なんだか無性にあんこが食べたいと思うんです。
夕方になると、なぜだかあんこが食べたいんです。
これは、わたしがデブだから、あるいは
食いしん坊だからってこともあるかもしれません。
でも、なんだか、
仕事帰りにあんパン食べてしまうのです。

糖尿きをつけなきゃ。

そんな日々。

信じられるのは自分の目、自分の足


3号機が吹き飛んだ映像、最近流れませんね。
圧力ってやつでしょうか。

あんなに壊れた原発に電源が復活できるのでしょうか。
海の水をかけて、ショートしまくりでしょうに。
しかも水素ガス出てて、引火しないのかな。
あそこは放射線のレベルが半端じゃないだろうに。
だれが片付けにいくんだろうか。
また、関連会社の人とかをだまして連れていくのかな。

斉藤さんというミュージシャン、すごいです。

*リンク先を訂正しました。

それでもクムはやってきた

クムっていうのはハワイ語で「先生」という意味です。

こんなときに、踊りやっているなんて、って思われるかもしれません。
でも、普通どおりに練習していくことで
わたしたちも日常を取り戻していけると思います。
情報に振り回され、いささかみんな疲れています。
それは店でもお客さんがすこしぼんやりしていることが増えていることでも
分かります。
買った物をお忘れになったり、
釣銭をもらうのを忘れたり、
携帯やお財布の忘れものも増えました。
以前はそんなことがありませんでしたから、
全体的にみんなが疲れていると思います。

情報に振り回されパニックになるのは
せっかく生き残ったわたしたちをさらに苦しめるだけで
あまりいいこととは思えません。
東京など首都圏は多少の被害はありましたが、
日常生活が壊滅したわけではありません。
確かに、いつものヨーグルトが食べられなかったり、
停電するんじゃないかとか心配はありますけど、
おおかた無事に生活できています。
無事に生活できているってことは、
普通に生活していくってことが
日本を支えるってことじゃないのかな。

だから、1週お休みしただけでフラの教室も復活して、わたしも練習に参加してます。
18日にクムがハワイから来てくれました。
地震の当日、実はクムのママが来日していて、あの揺れを経験していますから、
ご家族が大反対されるだろうなとわたしたちも思っていました。
ここで、クムが来日しなくても、わたしたちはもちろんクムを責めるつもりもなかったけど。
でも、彼は涼しい顔をして来日しました。
こんな遠い日本の生徒たちのために
やってきてくれました。
「だってぼくはきみたちのクムだし、きみたちは生徒だけど、ぼくのオハナ(家族)だから」って。
家族や周りの人は、ぼくをクレージーと言ったけど、ぼくはぼくのハラウ(学校)とオハナを守る責務があるんだ、みんなが落ち込んでいるときに、来るのはぼくのクリアナ(責務)と言ってました。

だからわたしたちが踊り続ける、そうしてアロハの気持ちを持ち続けること、それがきっとこれからの日本を支えてくんだと思ってる。

若いけど、うちのクムなかなかやるなと思った。

さあ、きょうもいつものようにはたらくぞお。

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