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2010年5月

ペプシの変なコーラ

今食料品でバイトしてて、
店だし(商品を棚に出す)していると、
新しい商品が来ると、
どんな味なのかなあなんて考えてしまいます。

BAOBAB on Twitpic

ペプシは小豆だとかシソだとか
へんな味をここんとこシリーズで出している。
バオバブ。もともとがどんな味なのかを知らないので
雰囲気だけ遠いマダガスカルを想像する?
まあ飲み物として、普通の飲み物でした。

高血圧ガール?

2週間くらいまえからひどい回転性のめまいに襲われて
さすがに病院に行かないと駄目だなと思い
近くの脳神経外科へ。
昔から体調が下降線になるとたびたび回転性のめまいになったので
あまり気にしていなかったのだけど
今回は治りが遅く
ちと心配になったので検査もしてもらった。

頭のCTを取ってもらった結果、
脳には異常なことはなく
ちょっと血圧が高いと言われた。

190/120・・・・なんじゃそりゃ!すげー高血圧じゃん。大丈夫か私。
以前不整脈もあると言われたけど、
一過性のものかとおもったけど、やはりやはり
これは更年期か!

めまいの方はお薬をいただいて
ずいぶん改善。今はもうない。

でも、血圧の方は危ないので、チェックするため
家庭用の血圧計を購入。
ごま麦茶を飲む毎日。

今日は130台になった。朝散歩でもするかなあ。

暑かったり寒かったり、身体はケアが必要なようだ。

不思議な英語?

よく「テンション高いね」と
「今日テンション低いね」とか。
これってとても変な英語だと思っていたら
ある外国人がこの件について書いていた。
ああ、やっぱり変なのよね。
テンションって「緊張状態」とか、ぴーんと張ったような状態を表すので
高い/低いってどういうこと?
高いと機嫌がいいってことなのかな。

どうしてそういう言葉になったのかよくわからないけど、
本来の意味でなくなった英語は山ほどあるので、
これもその一例なのかもしれない。

あと「ギブ」
ギブだけだと与えるという意味だけど、
これは「ギブアップ」のことらしい。

先日信号待ちをしていたら、となりのお嬢さんたちが
「おとこのダンサーがさ…」という「サー」にアクセントをおいて話していた。
後ろにアクセントがつく傾向というのは、ここ10年くらいで出現している若者言葉だが、
一説には腹筋の力がないので、どうしても前にアクセントをもってこれないということも云われている。

10年後の日本語は、今の日本語とまた変わってしまうだろう。

選ぶということ

よく、リーダー像に
幕末の志士だとか
戦国時代の武将だとか
譬えることが多いよね。
経済週刊誌などに、よく社長像なども
信長やら、マニアックなところでは上杉鷹山とかね。

政治家もよくそういう理想像を語るけど、
幕末の志士も、戦国時代の武士も
その時代が作るということもあって
そういう気概を自分はもっているというのは大変結構なことだけど
今の民主主義の時代にはちょっと違うような気がする。

今の政治状況は民主主義が行き詰っているのか
民主主義が陥りやすい状況なのか、
または、あまりに首相の首を挿げ替えすぎたのか
なんだか、トップにたった人はけなすもんだという風潮なのか、
よくわからないけど
現政権って、小泉さん以来久しぶりに選挙で選ばれたのよね。
選ばれたっていうことは、国民がこの人に任せてもよいと思ったわけだよね。
選んだ人がまだ十分に働く前から
その人に駄目だしばかりして、その人に何もさせないうちに下ろしてしまっても
いいのかしら。
確かに今の総理は、八方美人的なところもあるし
頼りないよね。
でも選んだ以上は、やっぱり国民がこの人に仕事をさせなくちゃいけないじゃないかな。
独裁者みたいになんでもかんでも、実行してしまうタイプとは真逆のタイプのようだけど
それだったら、もっと国民がこうしろというべきではとも思う。
そのために必要な情報を開示しろ、とかね。
今の時代、強烈な指導力をもったリーダーを期待するというのは
そういう人材は、いまの政治システムではあり得ないし
そういう期待はある種国民の側の依存心かもしれない。

まあ選挙というのは、そういう意味で意思表示なのだから
よく考えて選ばなくてはいけないよね。
風潮とか、ブームとかではなくて、向こう4年政権を預けるわけですから。
預けるっていうのは、お任せってわけじゃないですから。


公共事業

過日、テレビでフランスの公共事業について報道していた。
その図式によると、フランスは歴史を大事にする国民だから
新しい建物を建設する場合には、景観を考え、
古い建物を維持するのか、
新しい建物に立て直すのか、
詳細に検討するそう。
何がなんでも古いものを残すのではなく
古い建物を維持するためのコストは高いので
そのコストに見合うものであれば残すという明確なものがあるらしい。
100年先、200年先に残すという長いスパンの想像力が必要だけど
フランスは国民の成熟度もたしかにあるのかもしれないけど。

それに引き換え日本は…という番組だった。
今の東京とか、あらゆる都市において
確かに都市が計画されて、景観を重視しているとは
思えない。
フランスの役人によれば
カオス状態だそうだ。

日本は戦後復興しなくてはならなかったので
都市が計画されていない部分で
どんどん建物や道が
その都度、その時点での必要性で
あるいは景気を良くするために
そんなに必要でもないのに作ったりしたものもあった。
だから、そのカオス状態も必然なのかもしれない。

でも、その場で出演していたブンカ人という人たち。
日本はそういう想像力がないとひとくくりにしていたけど、
日本が昔から都市計画をやっていたことを勉強してない。

私は先日ある仕事で、昔の町並保存に関する話を聞くことがあった。
保存された街並は、メインの道路に面した家屋では
家の高さ、色、廂の高さなどを厳粛に守り、
その景観を維持していたのだ。
これは、あちこちの城下町なのでみられ
ある都市などでは、町からかならずどういう形でも城が見えるようにして
シンボルとしての城と領民のつながりを演出していたり。

日本のもっている良さと想像力を失ったのは
ひとえに戦後の1時期だけですし、
日本人を下げて物事を議論するのは
少しちがうんじゃないのかなと思ったりする。

まあ、公共事業をして、景気がよくなるなんて
そういう目先のことじゃ、だめなのは確かだけどね。
役所にももっとパースペクティブを持ってほしいとはおもう。

レジのこちら側

在宅の仕事というのは、安定しないので
空いた時間を利用して近くの食料品のスーパーにバイトに行っています。
販売の仕事は、私の社会人としてのスタートがそれでしたから
久々のレジです。

15年ぶりくらいのレジは
機械が進化して、
誰でも入力してミスがないようになっている。
おつりも数えなくてもいいし
売価のシールも必要ない。

便利になったなあ。

たまにレジに立つ仕事も
楽しいです。

お客様というのは、
昔もたいへん厳しい指摘をする方もいましたが
最近は、レジを打つ人を人だと認識していないような方が増えてきましたね。
電話をしながらの方、
ヘッドホンでずっと音楽をきいている方、
まったく反応がお金をだすという行為以外ない方。
そのうち、レジは完全機械でも大丈夫かもしれません。

まあ、それでも楽しい仕事です。

cicada (Father's Birthday)

彼(dady)は病に臥せっていた
死に至る病
めがねを掛けた医者(doctor)が言う時間の問題ですね

ジカンノモンダイ?
それは試験問題のようなものだろうか
彼女(mammy)は苛立っていた
絶え間ない孤独感
帽子をかぶった老人(grandma)が言う人生はそんなもの

ソンナモノ?
それは極めつけに拙いものなんだろうか
彼女(mammy)は娘の身体を眺め
異様な身体の部分に罵りの言葉を吐き
それでも成長していく体に呪いを掛けた

言葉には棘もあったが
なによりも奥深く突き刺さった鏃に
娘はそれ以降成長することを止めた
娘はそれ以降オンナであることを止めた

自分を畸形だと信じた
そう信じて身体という檻に自分を閉じ込めて生きてきた
彼(dady)は危篤になって
娘の手を握り締めた
娘は一瞬手を引っ込めた
畸形がウツルといけないから

彼(dady)はひどく狼狽し
自分の娘の顔をはじめて見た
不器用に手を伸ばそうとして
凍り付いている娘を

そうしてひとつため息をついて
彼(dady)は静かに息を引き取った

まわりの人は一斉に泣いた
娘は当惑した
彼(dady)のチアノーゼが解けて
いまさらながら彼(dady)の手は暖かだった

むすめはじっと彼(dady)の顔を見て
そっと水を飲ませて
病室を出て行った

夜明けの空気がじわじわと立ち上ってくる夏の朝
蝉が庭の木で脱皮していた


※今日は父の誕生日だった。役所で今日の日付を入れてくださいって言われて
思い出した。死者にはもう誕生日はない。そう思った。
この詩は、父の亡くなった日を思って書いた詩だ。
なんだか、ほこりを払ってやりたくなったので、
ここに書いてみた。

葵の上/卒塔婆小町

先日、銀座に美輪明宏さんの芝居「葵の上/卒塔婆小町」を見に行った。
この作品は、三島由紀夫の「近代能楽集」からとられた芝居だが、
能の中の題材をつかって、三島が作品にしているものだ。

能というのは、男性が演じる世界で、まさに「男による美学」の世界だと私は思う。
私の乏しい知識では、能面というのは、人間の世界とあの世だとか、
この世ならぬ世界との境界を表しているようで、
能面をかぶった人が登場すると特異な世界が展開しているという意味だと思われる。
その際の笛とか、鼓とかの独特な節回しというか、
尋常ならざるもののスリリングさを感じると同時に
美しさというのも同時に表現されている気がする。

さて、三島の近代能楽集。
彼の特異な女性観というか、恋愛観が表現されていて
なかなか面白い芝居なのだけど、
これは美輪さんしか演じられないかもしれない。
彼の女性観のなかの女性は、生身の女性の一部分を表現しているんだけど
それは、もう「女性」ではないんだよね。
性別の喪失と同時にすでに冥界のもののような気がする。

そんな女性は美輪さんだけしか演じられない。

「葵の上」は、源氏物語からとられた話で、年上のあまり好きでない妻が、自分のかつて交際していた六条御息所の生き霊にとり殺されるという筋はそのままに、現代劇仕立てになっている。
まあ、生き霊になっても、すがってくる女性というのが、三島にはとても恐怖だったのか
そういう怖さが全面に出ていた。

「卒塔婆小町」能で、小町ものというのは、けっして小町を賛美しない。真逆で、百夜通いしていた少将が九九夜めに死んでしまったことに対して、ものすごい嫌悪感があるらしく、小町をけちょんけちょんにけなし、年をとって、老醜をさらすものとしてかならず描く。己の美しさを武器にした女性に対して、ものすごい復讐が能のなかで行われている。描かれる小町は町をさまよい、ひたすら醜く。しかも、少将の霊に苦しめられる。
美輪さんの芝居の方は、老婆と美しい貴婦人の早変わりが面白い。こちらの方はいつまでも、生まれ変わる少将と何度も出会い、またそれが失われるというのを繰り返させられるという筋になっている。

三島の女性観に触れたい人はお勧めします。

Miwa on Twitpic

土佐文旦

土佐文旦
毎年土佐文旦をこの時期買うのですが、相方が剥いてくれたのですが、剥いたのをまた皮にきれいに戻していました。

皐月

さつきのつひたちに乾いた咳ひとつ

(遊離哉)

誰もが反対するに決まってる渦中に飛び込んで行って頭を下げる遊離者に同じ遊離者として寧ろ尊敬の念すら感じる。

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