« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

ハワイのレポートはどうしたんだ!

という声も聞こえてきそうですが。

本日も別ネタです。。。


今朝、TVをつけて朝食を食べておりました。
私の悪い癖で、やたらとチャンネルを変えながらモゴモゴやっていたわけですが。
ふと、あるチャンネルで人文字。「なにやら見たことあるなあ~」と思って
世の中には同じようなことをやる高校もあるもんだと見ておりましたら
母校の高校の体育祭が取り上げられておりました。
齢50になんなんとしている私。高校など記憶のかなたなのですが、
この体育祭は、それこそ自分たちで作り上げる最高のものだったなあと思います。
今は定員も減って応援グループも1つ減ってしまったようですが、
懐かしくTVに見入ってしまいました。
もう60年も続けているんです。
ホームページもあるようです
玉名高校
新入生で入ったときは、昼休みに先輩が竹刀もって教室に来て
声をだす練習からさせられるんですが、
これがまたとびきり怖い。。。
ま、それも3年になるころには、この凄味も全部演技だって分かるんですが、
一生懸命でしたねえ。若いっていいなあ。。。

今は保護者の方やらの声が厳しくなって、(受験もありますし)
練習時間も制限されているようですが、
人文字に使う道具も、全部自分たちで染めて作るんですよ。
進学校であまり楽しい思い出というものもないんですけど、
なぜだか、とても懐かしい気がしました。

歳をとったんですかねえ。

地下鉄

地下鉄
ここは丸の内線の大手町駅です。丸の内線は地下鉄の中でも古い路線ですが、少し前からホームにはドアがあります。
大手町駅は上り線と下り線が向かいあった形になっていて、真ん中を電車が行き交います。

写真は真ん中に『横断禁止』とあります。

古い標識のようですが、それにしても電車が行き交うところを横断する人が居たんでしょうか

ちょっと面白かったので撮影

ゴールドフィンガー

新宿のイベントのことではないので念のため。


子供のころ、TVで映画をよく見ていた。
ショーン・コネリーの007シリーズはよく見ていた。
(ジョージ・レイゼンビーの情けないボンドくらいからは見てないけど)
ゴールドフィンガーは、そのなかでも傑作といわれるものだけど、
最近ふとしたことからその話になった。
ストーリーなどすっかり忘れてしまったが、
その冒頭で美女が金粉にまみれて死んでしまうというシーンがあった(記憶だけど)

それで、なんで金粉にまみれて死んでしまうの?と父に聞くと
「皮膚呼吸ができないから」と聞いた。
皮膚呼吸ができないって息ができないこと?
苦しくって死んじゃうの?
それってすごく怖くない?

自分で洗ったりして息ができるようにならないの?と
考えてすごくこわかった気がする。

それで、金粉ショーなぞは1時間くらいで取らないと死んじゃうんだとずっと思っていた。

それでその話になって
「でも、もともと人は呼吸器で息しているわけで
なんで皮膚がふさがったくらいで死ぬんだ?」という疑問がわき、
翌日、ネットで調べた。。。。

これが飛んでもない俗説だったのだ!!(怒)

金粉ショーなどで早くとるというのが、もともと金粉を付けるのに、昔はさまざまな混ぜものをしていて
それが体に悪かったそうだ。
金粉を体にまぶすというのが、とても時間のかかることなので、1日くらい平気で付けっぱなしだそうで、
どこが1時間くらいで死ぬのだ?と。

まことしやかにほんとうのような顔をした話も
よく考えてないととんでもないことを信じたりしちゃうもんだ。

今朝の通勤電車

通勤電車の時刻表など
ほんの少しのことで崩れてしまうということを
つい先日書きました。

連休明けの今日。
始まりは人身事故だったのだけど
列車の故障までおまけがつき、
東海道線、京浜東北線、横須賀線、湘南新宿ライン、山手線まで
遅れが波及。

列車内に3000人も取り残され、外に出られたのが2時間半後。
大変な混雑に加え、時に怒りだす人もいて
今朝は大変疲れました。
幸い、私は列車に閉じ込められることはなかったけど
線路上で立ち往生している列車は見ました。
雨が降って、とても情けなく見えました。

東海道線がいつもより50分遅れていましたが、
どんどん遅れは広がるばかり。
それでもグリーン車には、グリーン券がないと入れません。
こういうときは、立っている人もたくさんいて
ホームに積み残しがあるのだから
グリーン車をやめて少しは人を乗せたらどうかなと思いますけど、
その辺は譲れないらしい。

いつも東海道線のグリーン車は普通車とグリーン車の間を閉め切られています。
私はそのあかないドアのところで、すごい人ごみに押されておりましたら、
突然グリーン車側からドアがあき、男性が普通車両に押し出されました。
すごく悪態をついていましたから、たぶんグリーン券を買わずに乗車していたのでしょう。
ほんとうにつまみ出されるように、こちら側に押し出されてきました。
こんなに混んでいて、しかもいつ到着できるのかわからない状況では
腹も立ちますでしょう。あちこちでごぜりあいが起こっていした。

諍いというのは、見てても疲れます。

朝からげんなりして、いつもの倍かかって会社に到着したときは、
もう帰ろうかしらと思ってしまいました。

ああ、横浜線も事故だし。今日はそんな日なのかしら。。。。

帰りは無事帰れますように。

ハワイ島滞在2日目ーノース・コハラ

ハワイ島のノース・コハラの地域は、
カメハメハ1世の生誕の地と言われています。

今回、このカメハメハヌイのゆかりの地を回りました。
まず「Pu'ukohola Heiau」(プウコホラ ヘイアウ)
ここは1791年に完成した石造りのヘイアウで、完成時には、ハワイ島でライバル関係にあったいとこの
ケオウア クーアフウラを招きよせ、ハワイ島で唯一このヘイアウにいけにえとしてささげたといわれる場所。
カメハメハはまずそうしてハワイ島での戦いに終止符を打ち、それから、マウイ、オアフと平定していくのだけど
そのひとつの通過点としてこのヘイアウがあるのでしょう。
Sn3e0019
ここは入り口

Sn3e0020

ヘイアウ(石造りの部分(部分復元))

ここは国立の歴史公園になっていて、年間には40万人くらい訪問者があるそうだが、
私たちが訪れたときは、2-3組の人がいるくらいで、ほとんど人影もなし。
一周40分くらいかけて(20分くらいでまわれますけど)回りました。

以前コナの南側にある「プウホヌア・オ・ホナウナウ」というヘイアウにいきましたが、そこは「プウホヌア」というタイプの所謂「癒し」のヘイアウです。このプウコホラ・ヘイアウはその対極にある厳格なカプ(タブー)のあるルアキニというタイプのヘイアウです。

Sn3e0021
この入り口でクロスした棒は「カプ」を表しています。

1791年というと、日本は江戸時代。カメハメハの時代が以外に新しいことを改めて感じますね。11代将軍家斉の時代くらいでしょうか。

海を隔てたこの地では、やってくる欧米列強にどう対応していくか
そんな時代の波がやってきていたのですね。

カメハメハがハワイを統一したのは、1810年。
ハワイがアメリカに併合されたのが、1896年ですから、
この間100年足らず。
歴史をたどることは、なかなか興味深いことです。

ヘイアウ歩きのおかげで
すっかりサンダル焼けした足(帰国後10日くらい経過してもまだ黒い。。。)
090505_014201

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

Юлияの旅日記(メリーモナーク編2)

  • マウナ・ケア
    メリーモナーク・フラ・フェスティバルを見にいったハワイ島への2度目の訪問の記録。2日目

Юлияの旅日記(ハワイ島編1)

  • セント・ベネディクト教会
    旅にでたときに出会ったものを そのときどきに気ままに写真にしたものです。 今回はハワイ島

ユーリャの珍道中旅日記

Charon's Boat

  • Юлия
    私の詩や小説、写真などを載せています

フラキャンプとトレッキング

  • Img_0040
    2008年7月18日から29日までフラの研修会をかねて オアフ島に参りました。そのときの写真です。