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ハワイ島滞在2日目ーノース・コハラ

ハワイ島のノース・コハラの地域は、
カメハメハ1世の生誕の地と言われています。

今回、このカメハメハヌイのゆかりの地を回りました。
まず「Pu'ukohola Heiau」(プウコホラ ヘイアウ)
ここは1791年に完成した石造りのヘイアウで、完成時には、ハワイ島でライバル関係にあったいとこの
ケオウア クーアフウラを招きよせ、ハワイ島で唯一このヘイアウにいけにえとしてささげたといわれる場所。
カメハメハはまずそうしてハワイ島での戦いに終止符を打ち、それから、マウイ、オアフと平定していくのだけど
そのひとつの通過点としてこのヘイアウがあるのでしょう。
Sn3e0019
ここは入り口

Sn3e0020

ヘイアウ(石造りの部分(部分復元))

ここは国立の歴史公園になっていて、年間には40万人くらい訪問者があるそうだが、
私たちが訪れたときは、2-3組の人がいるくらいで、ほとんど人影もなし。
一周40分くらいかけて(20分くらいでまわれますけど)回りました。

以前コナの南側にある「プウホヌア・オ・ホナウナウ」というヘイアウにいきましたが、そこは「プウホヌア」というタイプの所謂「癒し」のヘイアウです。このプウコホラ・ヘイアウはその対極にある厳格なカプ(タブー)のあるルアキニというタイプのヘイアウです。

Sn3e0021
この入り口でクロスした棒は「カプ」を表しています。

1791年というと、日本は江戸時代。カメハメハの時代が以外に新しいことを改めて感じますね。11代将軍家斉の時代くらいでしょうか。

海を隔てたこの地では、やってくる欧米列強にどう対応していくか
そんな時代の波がやってきていたのですね。

カメハメハがハワイを統一したのは、1810年。
ハワイがアメリカに併合されたのが、1896年ですから、
この間100年足らず。
歴史をたどることは、なかなか興味深いことです。

ヘイアウ歩きのおかげで
すっかりサンダル焼けした足(帰国後10日くらい経過してもまだ黒い。。。)
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