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2005年1月

美しい演説

アウシュビッツ解放60周年でドイツのシュレーダ首相が演説をしました。ドイツが行ってきた戦争に関してです。この文はトルシエ時代の通訳をしていたダバディーさんのBlogを見てて偶然発見したものです。というのも、日本のマスコミでは取り上げていなかったものと思われます。(検索かけても出てきませんでしたし)日本で取り上げられていたのは、アナン事務総長と、ダブヤのコメントだけでしたから。

以下はダバディさんのページから参照したものです。
「ユダヤ人などの虐殺、ドイツは国として企画した「強制収容所の虐殺プログラム」がいまだに理解できなく、ドイツの歴史の最大の恥と犯罪でありました。私は今日、昔のドイツの代表としてではなくて、新しい国際的かねて民主的なドイツの首相として、そのぞっとする歴史に対する恥とさびしさを証言したいのです。
そして歴史の教訓を生かして、強制収容所の地獄から脱出した方々に約束する、ドイツは2度とその行為を許さないだけでなく、あらゆる差別と戦います。ユダヤ人や同性愛者、アーティスト、違う政治的意見を持つ人間を差別しないだけでなく、彼らを守って、あらゆる差別を絶対もう許しません!この惑星の博愛主義と平和のためにドイツが戦います!イスラエルに対する「信用借り」もあると分かります。イスラエルと中東地域を平和に導くことも、我々ドイツの義務であって、戦いであります。」


私はドイツが戦後において、戦争責任をまっとうして、日本はそうじゃないというつもりはまったくありません。ドイツにしても戦争犯罪者の扱いにおいて、不公正だったことも知っています。責任というのは、ただ職務を辞めたり、お金を払ったりすることだけではないから、責任をまっとうするということはとても難しいことだと思います。日本も独自の責任のとり方を模索していると思いましょう。ただ、この責任のなかに私たちひとりひとりが含まれているということだけは確かだと思います。


花折峠

京都の鯖寿司を
新宿高島屋で売っていたので
買いに行った。

京都ではしめた鯖やら、塩干物などのおいしいものがある。
それというのも、海から遠いからだと思う。
昔から、日本海で採れた鯖をしめて福井辺りから京都に持ってくる
その街道に花折峠という難所があるそうだ。

その難所を台車でおして昔の人は運んだのだろうか。

そんなことを思いながら
味わった鯖寿司の味は
格別に日本酒に合いましたとさ。

パ・ドゥ・ブレ

ゆうべ、知人からバレエ「ジゼル」のただ券を譲ってもらったので
(懸賞であたったらしい・・用事でいけなくなったとかで)
上野までバレエを見にいきました。
ええ、ナマでバレエを見るのは初めてです。
映画やら、テレビでは幾度か見たことがあっても
ナマはやはり会場の雰囲気、トゥシューズの床にあたる音の響き、
ダンスールがダンスーズのピルエット(旋回)を支える時の衣擦れのような音などは実際に現場にいないと分からないものですねえ。

一幕目はちょっと退屈な場面もあったのですが、
二幕目がオカルトチックでよかったですね(変な感心の仕方!)
 
帰りに近くのイタリアン・レストランでできのこのピザとピノ・ビアンコを飲んで酔っ払って帰りました。おかげで今日は眠い。。。。

Freedom

かのシンジョー選手がバスの上で「フリーダん」(フリーダムと言いたいのかもしれんけど、そう聞こえない)CMじゃないが、かのダブヤ・ブッシュさんが就任演説でじつに70数回この言葉をのたまったそうな。

演説の原稿を見ると、1行に1回ずつはこの言葉をのたまっている。

The best hope for peace in our world is the expansion of freedom in all the world.
「世界平和実現のための最良の道は、全世界に自由を拡大することだ」
要約するとこの一文らしい。
自由って拡大したり、縮小したりするものなんだ。へー。

FreedomってBushismの親戚なのかな~?
The worst way for peace in our planet is the expansion of BUSHISM in all the WORLD!


Вiктор Андрiйович Ющенко

ユーシェンコかユシチェンコか?
今某国営放送と喧嘩(違)している朝日新聞が「ユシチェンコ」から、「ユーシェンコ」に変えた。多分、こっちに統一されるのかしらね。

最初、このユーシェンコさんをみたとき、「ありゃーウクライナにもヤンキース松井に似た人がいるのね」と思った。あとで、毒を(ダイオキシンと主張している)盛られたからあんな顔になったとまるで使用前使用後みたいな写真が紙面を賑わしていたので、こりゃ松井秀喜さんに失礼というか、なんというか。

外国語の名詞を日本語で表記するのはとても難しくて、
仕事でもえらい苦労することが多い。特に最近はカタカナ語でしか表現できないことが増えたしね。

そういえば、韓国の人たちは「ソウル」の漢字表記を「首爾」に変えたいみたいだけど、中国が「OK」と言わないのよね。

日本のニュースでは、まだ中国人は漢字表記でその音読みで、韓国、北朝鮮はその国の読み方に近い(本当か?)カタカナ表記だよね。

土曜日に

ギンレイホールで映画見ました。

「バレエ・カンパニー」「堕天使のパスポート」

バレエの方は、主役のニーヴ・キャンベル以外はすべて本物のバレエ・ダンサーの出演。15才までプロを目指していたというキャンベルさんは吹き替えなしで、かなりの割合をダンスしています。特にこれといったストーリーはなくて、バレエ団の日常という切り口かな。

堕天使~の方は、ロンドンに暮らす不法移民の話。臓器移植で偽のパスポートを手に入れるというちょっと怖い話でした。

そのあと、神楽坂の「ル・ブルターニュ」で食事。ガレットとシードルが美味かった。

平成の洛中洛外図

日曜日に平山郁夫画伯の展覧会を
日本橋の三越に見に行きました。

日本画というのは、岩絵の具を膠と水で溶いて
描くとききます。
油絵と違って一回色をのせると修正がきかないそうです。

独特な色使いと、ふんわりしているようで、しっかりした骨組み(デッサン)が力強く、あざとさのない迫力が感じられました。

大変盛況な展覧会でした。

親和性

自分と繋がっているなあと思う花がありますか?

先日友人からそういうことを聞かれた。友人は「椿」だそうである。

それから、つらつらっと自分を考えてみた。

うちの相棒に言わせると、「でかい百合」だそうである。(からだがでっかいからかな?)

私自身は自分を投影するとしたら、「木瓜の花」かなぁ。九州の実家に打ち捨てられたような庭があるのだけど、そこの片隅に「木瓜」が植えてあった。(多分今もあると思う)その花に親和性を感じるね。

忘れずに 荒れ果ててなお 木瓜の花
(遊離哉)

発明の対価

「青色発光ダイオード」は大変な発明なのだ。それまでLEDではなかった色を作り出したのだから、世界に緑と赤のLEDしかなったところに青色LEDが揃ったのだから、光の三原色がすべてLEDで実現したのだ。ところが会社員が発明したからといって対価は当初2万円だったそうだ。近頃裁判で8億円で和解したから、よく知られていることだけど。
会社員だから、その開発の対価を支払われなかった件は多い。発明ではないけど、Linuxカーネルのコーディネータのリーナス・トーバルズも会社に属していたので、その対価は微々たるものと聞いたことがある。
それで思い出したのが、「ポストイット」の発明。あれを手がけた「3M」はたしか15パーセント・ルールというのがあって、研究時間の15%は自分の思うように研究してよいということだったと思う。その内容を会社に報告する必要もないし、その件に対して会社が特許権を要求することもないと聞く。中村教授の和解を聞いて、「会社に属して会社のために会社の施設を使ってやっているのだから対価はいらない!」と言い切った若い会社員のインタビューを聞いていて、ふとこの国がなんだかどん詰まりのような気がした。

最近のお気に入りで

秩父に行ったときに
「源作ワイン」なるものに出会った。
これは浅見源作さんというひとが川上善兵衛氏の「葡萄全書」(3冊セット)を36円(今の100万円)で手に入れ、昭和10年、ワイン造りが始まったそうです。本を見ながら試行錯誤のうえに出来上がったものなのですが、最初日本人の口に合わなくて全く売れなかったそうです。
フランス人の神父が訪ねてきて、「ボルドーの味!」というお褒めをいただき、それから徐々に名前が売れてきて現在にいたっていると聞きました。昔のワイン。。。赤玉ハニーワインとか想像すると、今のワインは海外のものに引けをとらなくなりましたね。その海外並みの味を戦前からずっと頑固に作りつづけている秩父のワイン。なんだか、いい味だしてます。

ちなみにGKTというランクがあるのですが、G(源作)K(2代目慶一)、T(3代目辰四郎)という名前から取っているのだそうです。
■「源作印ワインGKT」赤 720ml ¥1,575
■「源作印ワイン」赤 720ml ¥1,050

雑味の少ない葡萄自体の美味しさを感じることができます。お勧めです。

おひるどき

「ほか弁」は全国共通かと思ってたけど
日本各地で運営している会社が違うと知ったのは
最近のこと。
どうりで、値段とメニューが微妙に違うものだねえ。

から揚げ弁当が確か九州にいたときには390円だったのに
東京は450円。。(ずいぶん高いな、東京だからか?と思ってた。)
塾で仕事をしていたときは、よく食べたけど。(おかげでだいぶ増量した 笑)


今はほか弁も買えず、外食もせず。
ひたすら自前の弁当生活なのだ。

お正月は


秩父の長瀞に出かけていました。
31日は出かけるころからひどい雪で。
冬用のタイヤのおかげでなんとかたどり着きました。
1日に宝登山に登り、蝋梅を見物しました。
積雪と蝋梅と青空。人影もまばらで
気持ちのよい一日でした。

雪の日に 空ひっそりと 花蝋梅
(遊離哉)

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